ファッションから見た映画と社会
連載第2回 オードリーとその恋人たち~その2~助川幸逸郎

○スーツスタイルの「新しいスタンダード」をしめしたグレゴリー・ペック

オードリーは、映画デビュー作の『ローマの休日』で、女性ファッションにこれまでにない魅力をもたらしました。同時に、この作品におけるグレゴリー・ペックのスーツ姿は、戦後になって確立された「新しい着こなし」の模範とされています。

第二次大戦以前、男性がスーツを着る際は、ジャケットがシングルかダブルかにかかわらず、ベストをつけるのがマストでした。そしてズボンは、ベルトで締めずサスペンダーで吊るすのが原則だった。

男性のシャツは、戦前の感覚では「下着」です(20世紀の初めまで、シャツの裾を長くとって股下をくぐらせ、パンツは穿かないのが普通でした)。シャツの上に何も身につけずに人前に出るのは、今でいえば、ランニングにステテコの姿をさらすのも同然。

かといって、上着を脱ぎたくなる場合もあります(手先を動かしたり、棚や机を運んだり――肩・肘を大きく動かすようなときがたとえばそうです)。ベストを着ておけば、そんな折でも「シャツだけ姿」にならないで済む。戦前の男性はこうした事情から、ジャケット・ベスト・ズボンの「スリーピース」でスーツを身にまとうのが「常識」でした。

夏場の暑いさかりに涼を求めて、麻のシングルのスーツをベストなしで着る。その種の例もなかったわけではありません。それはしかし、「戦前のクールビズ」で、かなりカジュアルな装いでした。だからこそ、ジャケットとズボンだけの「スーピース」でスーツを着るときは、サスペンダーを使わずベルトを締めることが多かったのでしょう。

本来ベルトは、「ズボンがずり落ちるのを防ぐ器具」ではありません。剣とか銃とかをぶらさげる目的で腰に巻かれていた。ようするに、「屋外で活動するときのアイテム」だったのです。このため、「ベルトはカジュアルな着こなしにあわせる」という暗黙の了解が戦前にはありました。

第二次大戦がはじまると、本土が戦場になっていないアメリカも、物資の欠乏に見舞われます。これを受けて、「資源をなるべく節約しよう」という動きが生まれました。

「ダブルのジャケットの下にベストを着ても、ジャケットを脱がないかぎりベストは見えない。ならば、ダブルのスーツからベストを省いても大過はなかろう」

―――こうした考えが広まって、1940年代のアメリカでは、「ダブルのスーツは『ツーピース』で着用」というのが一般化します。ちなみに、この時期の「ツーピースで着るダブル」には、サスペンダーをもちいるケースがほとんどでした。

戦争が終わるころ、「ツーピース」の装いが、シングルのスーツにまで波及。ダブルもシングルも、「ツーピース」で身につける男性が急激に増えました。これと連動して、「ツーピースにベルト」という「カジュアルな着こなし」が、「普通のスーツスタイル」とみなされはじめます。

シングルの「ツーピース」が「定番アイテム」になった。このせいで男性ファッションに、新たな問題が生じました。

ネクタイの長さは、どれぐらいが適切か――

ベストを着用すれば、ネクタイの先はその下に隠れます。「スリーピース」があたりまえだった時代には、ネクタイの端は「人目につかない部分」でした。

1940年代以前のネクタイを、私は何本か所有しています。それらの多くは、先端が縫いあわされないままになっている。ベストに隠れる箇所だから、手間をかけてかたちをととのえても無駄――どうやら、そういう考えかたがあったようです。

シングルの「ツーピース」のスーツだと、上着のボタンを留めていても、ちょっとしたはずみでネクタイの先がのぞきます。ネクタイの端は、1950年代を境に「かならず閉じあわされるもの」になっていく。シングルの「ツーピース」が広まり、ネクタイがすみずみまで「人に見られるもの」に転じた結果です。

ネクタイがベストの下に隠れている。このとき、「ネクタイがどこまでのびているか」は傍目にはわかりません。戦前のネクタイには、みぞおちのあたりまでしか届かない、現代の感覚では短すぎるものがたくさんある。「ベストの下にもぐりこむ長さがあれば十分」と思われていたのでしょう。

大戦後、「他人に見られるもの」に変わったネクタイの先を、どの位置にすえるのが適当か――これを解決する最大のポイントは、ベルトとの兼ねあいでした。

ダブルの上着やベストをつけていれば、「ネクタイの先」と同様、ズボンのウエストラインは他人の目に入りません。シングルの「ツーピース」でなければ、ベルトをしていてもそれとわかられない(何年か前、極端に股上の浅いズボンが流行り、ベストの下からベルトがのぞくようなスーツが登場。しかしこれはあくまで、いっときのトレンドがもたらした「行き過ぎ」でした)。ベルトが他人に見える――ベルトの身につけかたで装いに差がつけられる。そういう回路が働いて、シングルの「ツーピース」とともにベルトが広まったといえます。

ウエストラインのはるか上に、ネクタイの端がある場合を考えてみましょう。このとき、ネクタイの剣先とベルトのあいだの「すきま」は、まさしく「間抜け」に見えます。ネクタイが、ベルトの部分より下まで垂れている場合はどうか。ネクタイの端が不自然に目に立つはずです。

ネクタイの先はベルトに触れる位置で止まるようにする――これが、シングルの「スーピース」をベルトで着るときの、もっとも無難な方策です。この着こなしが標準化したのは、大戦後しばらく経ってからでした。

『ローマの休日』のグレゴリー・ペックは、シングルの「ツーピース」のスーツ姿で登場。腰にベルトを巻き、ネクタイの剣先はそこに重なっています。この映画が公開されたのは1953年。シングルの「ツーピース」をベルトで着る作法がかたまって、まもなくのことでした。銀幕を媒介に、戦後の新しいスーツスタイルを印象づける――『ローマの休日』におけるグレゴリー・ペックの装いは、そのさきがけのひとつとなったのです。(この項、つづく)

助川 幸逸郎(すけがわ こういちろう
日本文学研究者・著述家。1967年生まれ。横浜市立大学・東海大学などで講師をつとめる。
主な著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)・『光源氏になってはいけない』(プレジデント社)・『謎の村上春樹』(プレジデント社)・『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)などがある。