ファッションから見た映画と社会
連載第3回 オードリーとその恋人たち~その3~助川幸逸郎

○ジバンシーとの「初対決」で見せた「ケレン味のひき算」

『ローマの休日』に続き、オードリーは『麗しのサブリナ』に主演しました。

この映画での彼女の役どころは、大富豪に仕える運転手の一人娘・サブリナです。サブリナは、父の雇い主であるララビー家の次男に思いを寄せています。ウィリアム・ホールデン演じるこの次男を、ハンフリー・ボガート扮する長男は、政略結婚させようとする。次男と財閥令嬢の婚約が発表されると、失意のサブリナはパリへ赴き、料理学校に入学します。

フランスから帰国したサブリナは、見ちがえるようなレディに変貌していました。プレイボーイの次男は「婚約を破棄してサブリナと結婚する」と言い出す始末。「事業が第一」の長男はこれに難色をしめします。しかしそんな長男自身、サブリナにひかれていくのでした。

この映画では、『ローマの休日』とおなじく、イーディス・ヘッドが衣装を担当しています。ただし、ヘッドが用意した服をオードリーが着るのは、「使用人の父から生まれた素朴な娘」としてふるまう場面のみ。「フランス返りの美女」として崇められる際に身にまとうのは、ジバンシーのスーツやドレスです。

この映画に協力を依頼するため、オードリーはみずから、パリにあったジバンシーのサロンを訪れました。『ローマの休日』がパリで公開される以前のことゆえ、このときオードリーは彼の地では無名。

「女優のヘップバーンさんが映画の衣装の打ちあわせに来る」

スタッフにそういわれ、ジバンシーは、当時の大スター、キャサリン・ヘップバーンに会うものと思いこんでいたそうです。

ジバンシーとの「初対決」に臨んだ、オードリーの出で立ちは「規格外」でした。細身のパンツにバレエシューズ、派手な帽子――そのころの常識では、海山で遊んでいるときにしか、こんなコーディネイトは許されません。

『麗しのサブリナ』には二カ所、オードリーがパンツをはいているシーンがあります。ひとつ目は、ショートパンツをチェックのシャツにあわせている箇所。このとき彼女は、ハンフリー・ボカートといっしょにヨットに乗っています。ショートパンツというのは、そういう場面にこそふさわしいアイテムでした。

もうひとつは、ハンフリー・ボガートのオフィスを舞台とする場面。長男と次男のあいだで心が揺れるサブリナは、長男とのデートを、直前に電話をいれてキャンセルする。長男はサブリナの居場所をすぐさま察知し、そこに駆けつけます。

サブリナをともなってオフィスに戻った長男は、「今夜の芝居はどうする?」と訊く。サブリナはコートを脱ぎ、「行けないわ」とつぶやきます。彼女はカプリパンツとバレエシューズを身に着けていました。長男は即座に、「自分とサブリナのチケットは君にゆずる」と秘書に告げます。

格式のある劇場に、パンツスタイルの女性は入れない。それがこの映画が撮られたころのドレスコードでした。サブリナの服装は、「長男とは今夜、絶対にデートをしない」という「決意表明」に他なりません。

街中のしかるべき場所に、パンツをはいて現れるのはタブー。そんな時代に、細身のパンツを身に着けて、オードリーはパリのデザイナーのサロンに現れた。「無名女優」が相手にインパクトをあたえるためにおこなった「きわどい自己演出」――このときのオードリーの出で立ちを、私はそのように解釈します。

オードリーは、『ローマの休日』に出演して得たギャラで、ジバンシーのコートを購入。26歳という若さの、この新進デザイナーに魅せられていました。自分の2作目の映画にジバンシーの協力を仰ぐことは、彼女にとって「悲願」でした。

ジバンシーがコレクションのために制作した服を試着したい。オードリーは初対面の席でそう申し出ます。彼女の迫力に気圧されてデザイナーは承諾。自分の作品があまりにオードリーに似あうのを見て、ジバンシーの心は揺さぶられます。

後世「伝説」となった、スターとデザイナーの「二人三脚」はこうして始まりました。オードリーはみごと、もくろみを達成したわけです。

オードリーの人となりについては、「ハリウッドスターらしからぬ謙虚さ」があったといわれています。ファッションセンスも、シンプルな「引き算の美学」という観点から称賛されることが多い。

しかし。

はじめてジバンシーを訪ねたときのオードリーの服装は、「簡素」ではあるものの、TPOを考えるなら「奇抜」です。控えめなだけでなく、必要とあれば大胆にもなる。オードリーには、そういう一面もあったことがわかります。

ちなみに、オードリーが『麗しのサブリナ』で身に着けた「八分丈のカプリパンツ」は、映画のヒットとともに大流行。このことは、女性のパンツスタイルが街中に進出するうえで、大きな転機となりました。「八分丈のカプリパンツ」は、いまでは春夏ものの「定番アイテム」となり、「サブリナパンツ」と呼ばれています。

サブリナを演じることで、オードリーは「女性が街中をパンツで歩く習慣」をひろめるのに貢献した。ジバンシーを訪れたオードリーの「奇抜な恰好」は、彼女自身の人気によって、「奇抜」なものではなくなったのです。

助川 幸逸郎(すけがわ こういちろう
日本文学研究者・著述家。1967年生まれ。横浜市立大学・東海大学などで講師をつとめる。
主な著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)・『光源氏になってはいけない』(プレジデント社)・『謎の村上春樹』(プレジデント社)・『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)などがある。