ロックと悪魔 第十九回 Ozzy Osbourne黒木朋興

1970年代初頭、ヘヴィメタルはブラック・サバスの結成と共に産声を上げる。やがて、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデンやデフ・レパートなどのバンドが出現し、ブラック・サバスの音楽を継承し活動を展開する。これらのバンドによる次の世代のムーブメントはニュー・ウェーヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル(NWOBHM)という名称が与えられ、次第に大きなうねりを巻き起こしていくことになる。

1980年代にはイギリスからアメリカへとヘヴィメタルは勢力を拡大していく。そこで重要な役割を果たしたのがブラック・サバスを脱退し、アメリカ西海岸でソロ活動を始めたオジー・オズボーンである。ランディ・ローズという天才ギタリストと出会ったオジーは、1980年9月にファーストアルバム『ブリザード・オブ・オズ〜血塗られた英雄伝説』を発表する。ランディ・ローズのギタープレイは、やはり同時期のアメリカで頭角を表しつつあったハードロックバンドVan Halenのギタリスト、エドワード・ヴァン・ヘイレンと共にロックギターの世界に革新をもたらしたとされる。

Mr. Crowley

 早速、このアルバムからランディ・ローズが残した代表曲とも言うべき「Mr. Crowley」を見てみたい。
https://genius.com/Ozzy-osbourne-mr-crowley-lyrics

クロウリー博士。奴らはあんたの頭に何をしたんだい?
クロウリー博士。あんたは死人と話したのかい?
あんたの生き様は悲劇に見える。
すべてが戦慄モノだ。
あんたは魔術で人々をおかしくさせた。
あんたはサタンのドアのところで待っている。

魅力的な博士よ。あんたは自分のことを純粋だと考えていたかい?
警告の博士よ。夜行性同士で。
暴かれた神聖な物は、地球の意志。
眼の奥に秘密を宿して、
奴らは産んだ後にぶちまけた。

クロウリー博士よ。オレの白馬にまたがりたくないかい?
クロウリー博士よ。それはもちろん象徴的な意味だ。
古典的なやり方じゃ、
処女による降霊だって聞いている。
徹底的なやり方じゃ、
奴らの背中の壁に立つってことだ。

論争的な交信だったかい?
俺はあんたの言っている意味が知りたいんだ。
知りたいんだ。
俺はあんたの言っている意味が知りたいんだ。

クロウリー博士とは20世紀前半にイギリスで生まれ、イタリア、チュニジアやフランスなどで活躍をし、オカルトブームの火付け役となったアレイスター・クロウリーのことである。プロテスタントの教えに反発し、麻薬やアルコールを楽しみ放埒な性行為に耽溺しつつ、魔術の実践を行った人物として名高い。20世紀後半のロックムーブメントを中心とするカウンターカルチャーに多大なる影響を与えたことでも知られる。プロテスタント福音派から目の敵にされる存在であることは確かだろう。

オカルトや魔術といったテーマは、多神教的世界観や様々な民間信仰にまで広がり、キリスト教における悪魔というテーマと完全に一致するわけではない。しかし、その背後に悪魔の存在が感じられているのは事実だろう。特に、プロテスタントにおいてその傾向が強いことは指摘しておきたい。この歌詞においても、キリスト教に反発し、魔術やオカルト思想にどっぷり浸かり、ドラッグや淫交などの奇行を繰り返す人物とサタンとの関わりが喚起されている。

とは言うものの、ブラック・サバスと同じく、オジーは決して悪魔主義者ではない。「啓示(母なる地球)」を見てみよう。
https://genius.com/Ozzy-osbourne-revelation-mother-earth-lyrics

母よ、どうか彼らを赦してくれ
彼らは自分たちがしていることを分かっていないのだ
本を繰り過去の歴史を振り返っても
何も新しいことはないように見える
おぉ、母よ、生きてくれ

天国は英雄たちのもの
そして地獄は馬鹿者たちで一杯だ
愚かさは、生きる意思を持たない
彼らは<神>の定めた決まりを破りつつある
どうか、母よ、生きてくれ

すべての創造物の父よ
私たちは全員間違いを犯そうとしているのだと思う
彼らが進んでいる道は
壊れつつあるように見える
長くは続かないだろう

未来の子供達は
帝国が没落するの見ている
狂気という杯から彼らは酒を飲む
自滅という支払

目の前に光景が広がった、世界が燃え落ちるのを見たのだ
海という海は赤く染まった
太陽は沈み、最後の幕が降りた
この死者の国で

母よ、どうか子供たちに見せてやって欲しい
手遅れになる前に
違いに争っても、勝者はいない
私たちは全員「憎しみ」と戦うべきなのだ

歌詞のテーマは、ブラック・サバスの「Children Of the Grave」を継承しているのが分かるだろう。オジーは明らかにサタンの信者ではない。それどころか、人類の犯している罪を悔い、創造者たる父に赦しを乞うているところを見れば、この曲のオジーはむしろ「Children Of the Grave」と同様に、信徒の立場に立っている。ただ、前作と違うのは、父だけではなく母にも祈っている点だ。キリスト教徒にとって、母と言えば聖母マリアである。聖母信仰と言えば、プロテスタントではなくカトリックの特徴であることに気を付けたい。更に言えば、ここでの母は大地=地球のことなので、キリスト教以前の地母神信仰を思わせる。であれば、民間信仰の影響を読み取ることも可能だろう。要するに、キリスト教の黙示録の思想をベースとして、様々な要素が混ざり合っているのだ。1960年代末から1970年代初頭のカウンターカルチャーの特徴と言えるだろう。しかし、現世における人類文明の崩壊を予告していることから、最後の審判や黙示録が仄めかされていることは明らかだ。

この後、1981年11月にはゴーゴリの短編小説『狂人日記』からタイトルを取った2作目『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』を発表する。ジャケットの写真には逆十字がかけられているものの、前作とは違い歌詞の面では悪魔のテーマはそれほど見受けられない。

ギターソロの革新 – ランディ・ローズ

イギリスからアメリカに広がったヘヴィメタルは新たな発展を成し遂げる。西海岸の地でソロ活動を開始したオジー・オズボーンがランディ・ローズをギタリストとして見出したことは、ロック史上に残る幸運だったと言えよう。

ランディ・ローズとヴァン・ヘイレンのエドワード・ヴァン・ヘイレンは、それまでペンタックス・スケール一辺倒だったギターソロに新しい風をもたらしたのである。エドワード・ヴァン・ヘイレンはライトハンド奏法を考案したことでも有名だが、ジャズギタリストのアラン・ホールズワースから多大なる影響の下、高度なジャズのイディオムを織り込んだギターソロを開拓した。一方、母親が音楽教師で音楽学校を経営していたランディ・ローズは、音楽の基礎をしっかりと身につけており、クラシックの伝統に基づいた美しいギターソロをロックの世界にもたらしたのである。

ここで、オジー・オズボーンと活動を共にした二人のギタリスト、ブラック・サバスのトニー・アイオミとランディ・ローズのギターソロを比べてみたい。

トニー・アイオミのギターソロはペンタトニックスケールを中心に組み立てられている。ペンタトニックスケールとは、通常の西洋クラシックの音階が1オクターブの中に7つの音があるのに対し、5つの音からなっているスケール(=音階)である。ブルーズの基本スケールであると同時に、演歌や世界の伝統音楽でも頻繁に使用が確認できる。例えば、「A7-A7-D7-D7-A7-A7-E7-D7-A7-E7」というコード進行に「ラ- ド – レ – ミ – ソ」のスケールでメロディを奏でる。このような演奏はインプロヴィゼーション(=即興)の入門練習に適しており、ジャズやロックのミュージシャンが、まず最初に習うことの多い音楽である。もちろん、手軽にインプロビゼーションができる、というのと、上手にインプロビゼーションを行うというのは同じでない。素晴らしいソロを弾くにはそれなりの修練が必要であることを付け加えておく。

このブルーズの最大の特徴は長調の和音の上に短調のスケールが乗り独特の響きをもたらす点である。ここでは分かりやすいように、キー(調)をC=ドとして考えてみよう。C7の和音は「ドミソシ♭」になる。クラシック音楽ではこの「ド-シ♭」の音関係はドミナント7と呼ばれ、緊張感を放ち不安定で安定した和音への解決を促す和音と言われる。具体的にはC7「ドミソシ♭」からF「ファラド(ミ)」への進行である。この場合、始まりと終わりは基本的にこのFの和音で、C7のドミナントに対しFはトニックと呼ばれている。一方、ブルーズのコード進行は上の例のようにすべてドミナント7なのだ。更に、メロディを作るスケールはこの場合、「ド-ミ♭-ファ-ソ-シ♭」になる。3度のミの音にフラットがついているので単調のスケールということになる。ここでドから始まり、1オクターブの中に7つの音がある自然短音階を記せば「ド-レ – ミ♭-ファ-ソ-ラ♭ – シ♭」になるが、太字で示したようにここには上記のドから始めるペンタトニックスケールの音がすべて含まれているのが分かる。これが長調の和音の上に短調のスケールが乗っているということだ。和音に含まれるミの音とスケールの中にあるミ♭の音は半音の音程差であり、同時に鳴らすと不協和音となる。ブルーズの場合、このような音のぶつかりが独特の雰囲気を醸し出すことに特徴があるのだ。

名ギタリストとしての誉れの高いエリック・クラプトンもインプロビゼーションはブルーズを基本としている。高速ソロで名高いオリー・ハルソールもペンタトニックスケールを中心のソロを奏でている。また、プログレシヴ・ロックと呼ばれるジャンルになるが、ピアニストにして作編曲を担当しているケリー・ミネアが英国王立音楽アカデミーで作曲の学位を取得し、大バッハばりの複雑な対位法を駆使した楽曲を演奏することで名高いジェントル・ジャイアントも、ギタリストであるゲイリー・グリーンのギターソロはブルーズを基本としている。

80年代に入るまで、基本的にギターソロはペンタトニックスケールを基本としたブルーズ調のメロディが主流であった。まさしくブラック・サバスのトニー・アイオミもこの路線の上に乗っていたということだ。何より、エレキギターを用いたロックのギターソロと言えば、歪んだギターの音色と共にペンタトニックスケールを用いたブルーズィなギターソロが定番であったのである。

1980年代に入ってアメリカに伝播したヘヴィメタル/ハードロックは、エドワード・ヴァン・ヘイレンとランディ・ローズという二人の名ギタリストによって新しい風をもたらされたことになる。ヴァン・ヘイレンは曲調から言って、ハードロックであってもヘヴィメタルとは言い難い。ヘヴィメタルへの貢献ということになればランディ・ローズになる。もちろんランディ・ローズもギターソロにロックの定番と言うべきペンタトニックスケールを多用している。その一方で、クラシックの教養に基づくメロディをロックの世界に持ち込むことに成功したのである。例えば、上で紹介したオジー・オズボーンの「啓示(母なる地球)」という曲のソロの出だしの箇所に「ミ – ソ – シ – ド – ド – シ – ラ – シ – レ – ド – シ – ド – ラ – シ – ラ – ソ – ファ♯ – レ♯  - シ – シ  -」というような音の並びからなるメロディがある(トリルやハンマリングなどの細かいテクニックは当然省略してある)。ミから始まるホ短調の和声的短音階であることが分かるだろう。深くディストーションをかけたエレキギターの音色でこのような短音階を用いたメロディを奏でることによって、ランディ・ローズは激しさと重々しさを売りにしたヘヴィメタルの世界に、クラシカルで美しい響きをもたらしたのである。これ以降、ディストーションサウンドによるクラシカルなメロディは、ヘヴィメタルの重要な一つの潮流になっていく。

残念ながら、ランディ・ローズは1982年3月19日、バンドのスタッフに誘われ乗った遊覧飛行の軽飛行機が墜落し、25歳でこの世を去った。彼がオジー・オズボーンのバンドに加入したのが1979年9月のことだから、2年半ほどの活動だったことになる。夭逝のロック・ミュージシャンと言えば、ジミー・ヘンドリックス、ジム・モリソンやジャニス・ジョップリンが思い起こされる。彼らはドラッグやアルコールの愛好者としても知られ、彼らの死はその影響の下、語られることが多い。対して、ランディ・ローズは音楽好きの真面目な青年だったと言う。彼を失った悲しみについてオジー・オズボーンはいたるところで語っている。

個人的なことではあるが、筆者がエレキギターを始めたのはランディ・ローズのギターソロに感動したのがきっかけであった。ロックはおろか、音楽自体に興味を持つ契機となった。中学生だった筆者にとって文字通り人生を決める音楽だったのである。1983年のことだ。その時には既にランディ・ローズは亡くなってはいたことになる。短い期間の活動ながらロックの世界に決定的な影響を残し、死後、遠い異国の地で若者の人生に決定的な影響を与えたことを考えれば、芸術が持つ不思議な力について思わざるを得ない。

黒木朋興(くろき・ともおき)
[出身]1969年 埼玉県生まれ
[学歴]フランス国立ル・マン大学博士課程修了
[現職]慶應大学等 非常勤講師
[専攻]フランス文学 比較修辞学 大学評価
[主要著書]『マラルメと音楽 ―絶対音楽から象徴主義へ』(水声社、2013年)『3・11後の産業・エネルギー政策と学術・科学技術政策』, 日本科学者会議科学・技術政策委員会編(共著 八朔社、2012年),『グローバリゼーション再審ー新しい公共性の獲得に向けてー』(共編著 時潮社、2012年), Allégorie(共著 , Publications de l'Université de Provence, 2003)