ロックと悪魔 第二十二回 メタル狩りとの闘争1黒木朋興

アメリカの地で勢力を拡大させたヘヴィメタルは、やがて社会から悪魔崇拝文化の担い手として激しい攻撃を受けるようになる。ここで、アメリカがイギリスからの移民を中心に建国されたプロテスタントが多数派を占める国であることを思い出しておこう。例えば、アメリカのエリート層を指すWASPという言葉がホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの略号であることを考えれば、アメリカにおけるプロテスタントの存在感の強さが窺い知れるだろう。そして、プロテスタントの中でもより保守的な人たちに、福音派と呼ばれる諸グループがある。

カトリックに比べ、プロテスタント諸派は善悪二元論の色彩が強く、ということは悪魔を現実の脅威として恐れる傾向が強いということは既に見た通りである。しかし、ヘヴィメタルのミュージシャンが必ずしも悪魔主義を標榜しているというわけではない。例えば、スラッシュメタルの雄であるメタリカの歌詞はさほど悪魔を歌っていない。また、悪魔趣味を前面に押し出したバンドであるスレイヤーにしても、ギタリストのケリー・キングが自分たちの悪魔趣味をエンターテインメントのネタに過ぎない、と発言しているのは既に見た通りだ。

にもかかわらず、ヘヴィメタルはキリスト教保守層の格好の攻撃対象となる。アメリカの熱心なプロテスタント信徒からすれば、ヘヴィメタルはまさに悪魔を崇拝する音楽に他ならない。そのような社会において、ヘヴィメタルのミュージシャンはもちろんのこと、ファンたちや他のポピュラーミュージックまで巻き込んで、キリスト教保守層からの弾圧とそれへの抵抗という政治的抗争が勃発することになる。

ペアレンツ・ミュージク・リソース・センター、PMRC

1985年、子供たちの教育に悪い影響を及ぼす悪い音楽を取り締まるという目的の下、ペアレンツ・ミュージック・リソース・センターという市民団体が立ち上がる。略してPMRCという。中心となって活動したのは政治家の妻たちであった。その経緯をフランク・ザッパは自著の中で以下のように語っている。

1985年のある日、テネシー州選出の民主党上院議員の妻であるティッパー・ゴアは、8歳の娘にプリンスの『Purple Rain』のサウンドトラック・アルバムを買ってやったんだ-この映画はR指定で、その性的な内容のためにすでにかなりの論議をかもし出していたんだ。だが、どういうわけか彼女は、自分の娘が « Darling Nikki »という歌の中のマスターべーションについての記述を指摘したときに、ショックを受けたんだよ。ティッパーはワシントンの友達の主婦連中を駆り集めたんだ。彼女たちのほとんどが、たまたまアメリカの上院の有力な議員と結婚していたってわけなんだ。そしてPMRCを設立したのさ。

ザッパは「1985年のある日」としているが、これはザッパの間違いで、正しくは1984年のある日であったことを言添えておく。(https://www.neatorama.com/2012/01/02/tipper-vs-music/)ティッパー・ゴアの夫とはアル・ゴアであり、1992年に副大統領にまで上り詰めた人物だ。また、彼女と一緒になって強力に活動を推し進めた人物にスーザン・ベーカーがいる。彼女の夫は当時財務長官を務めていて、やがて国務長官に就任することになる共和党のジェームズ・ベーカーである。要するに、これは党の垣根を超えた超党派の運動だったということだ。更に、選挙で選ばれた政治家本人ではなくその妻である女性たちが中心となって起こした運動であったこともポイントの一つだ。

 1985年9月19日、これら議員の妻たちの要求によりアメリカの上院はロック音楽に対する規制について話し合うための公聴会を開催する。彼女たちの主張は『PMRCからの声明(1985)』の中のスーザン・ベーカーのこの言葉に集約されていると言っても良いだろう。(https://www.americanyawp.com/reader/29-the-triumph-of-the-right/statements-from-the-parents-music-resource-center-1985/

我々の社会におけるこれらの害悪[レイプや自殺]にはたくさんの原因があることは確かである。しかし、ここでの我々の議論は、自殺、レイプ、SMなどを賛美するこれらの子供たちに影響を及ぼすメッセージは、これらの原因として数えられなければならないということだ。

つまりロック音楽が、自殺や倒錯したセックスを煽り青少年に悪影響を及ぼすという主張だ。

 PMRCが具体的に弾圧のため行ったのはゾーニング規制である。ティッパー・ゴアの発言を見てみよう。

私たちは、露骨な性的あるいは暴力的な歌詞であるが故に幼い子供たちに不適切である音楽製品に警告のラベルを貼って欲しいと願う親たちにレコード産業が自発的に協力するように要求している。

これを受けRIAA(アメリカレコード協会)は問題のあるアルバムには自主的に警告のステッカーを付けることを決定し、1990年には以下のデザインのステッカーが実際に貼られるようになっていった。その結果、ウォルマートやKマートなどのスーパーマーケットはこのステッカーのある商品を店頭から排除したのである。つまり、現実には20世紀のアメリカ市場において音楽作品の検閲が行われたことになったということだ。

ここで、アメリカ合衆国コロラド州ジェファーソン郡のコロバイン高校で1999年4月20日に起きた銃乱射事件を題材にしたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』の中に、マイケル・ムーア監督が事件の被害者と共にKマートの本社を訪れ銃弾の販売を止めるように説得するシーンがあることを指摘しておきたい。アメリカのスーパーマーケットは、検閲を受けたロックミュージックを棚から締め出す一方で、実際に高校生を殺害した銃弾の販売は行っていたということになる。

 同年、PMRCはいかがわしいロック音楽15曲のリストを発表する。

  • プリンス「ダーリン・ニッキー」      性的内容
  • シーナ・イーストン    「シュガー・ウォールズ」    セックス
  • ジューダス・プリースト「イート・ミー・アライヴ」性的内容
  • ヴァニティ「ストラップ・オン・ロビー・ベイビー」性的内容
  • モトリー・クルー「バスタード」暴力
  • AC/DC「欲望の天使」性的内容 
  • トゥイステッド・シスター     「ウィアー・ノット・ゴナ・テイク・イット」暴力
  • マドンナ「ドレス・ユー・アップ」性的内容
  • W.A.S.P.「アニマル」性的内容
  • デフ・レパード「ハイ・アンド・ドライ」ドラッグおよびアルコール
  • マーシフル・フェイト「イントゥ・ザ・コーヴェン」オカルト
  • ブラック・サバス「トラッシュド」ドラッグおよびアルコール
  • メリー・ジェーン・ガールズ「イン・マイ・ハウス」性的内容
  • ヴェノム「ポゼスト」オカルト
  • シンディ・ローパー    「シー・バップ」セックス/オナニー

https://www.nndb.com/lists/405/000093126/

これらの楽曲とバンド及びそれに類する音楽はポルノロックというありがたくない称号を与えられ弾圧の対象となった。このリストのうちジューダス・プリースト、モトリー・クルー、AC/DC、トゥイステッド・シスター、W.A.S.P.、デフ・レパード、マーシフル・フェイト、ブラック・サバスとヴェノムの9曲がヘヴィメタルであることを指摘しておく。

やがて、弾圧は奇妙な方向に向かって加速する。PMRCは、1980年代後半にかけて「悪魔崇拝についての相談を受け付ける有料電話相談室と、特定のミュージシャンによる罪深い歌詞についての情報を伝えるボイスメールサービスを開設した」のである。ミュージシャンの側には、既に見たように、スレイヤーのトム・アラヤやトゥイステッド・シスターのヴォーカルであるディー・スナイダーなど敬虔なキリスト教信徒も存在するのだから、ヘヴィメタルを十把一絡げに悪魔とみなすのは不当である。アーティストの側の思想の問題ではなく弾圧する側の都合で、悪魔呼ばわりされているということだろう。こうして、ヘヴィメタルはアメリカの保守層によって悪魔の音楽とみなされ、20世紀の魔女狩りの的となる。ブラック・サバスのようにヘヴィメタルの歌詞の中には社会問題と向き合い真摯に正義を訴えるものも少なくない。にもかかわらず、彼らは社会問題を引き起こす諸悪の根源として、先鋭的なキリスト教徒の攻撃の矢表に曝されることになってしまうのだ。

対して、保守的なプロテスタントの側は、ヘヴィメタルをスケープゴートにすることによって勢力を拡大することに成功する。その急先鋒となったのが福音派と呼ばれる諸グループである。例えば、マスコミに積極的に露出し説教を行うテレビ福音伝道師たちはこぞって反ロックキャンペーンをはった。そのうちの1人であるジェリー・ファルウェルはモラル・マジョリティという政治団体を中心に活動を展開し、「ロックのわいせつな歌詞を声高に言い立て、巧みに金をかき集めた。こうして工面した数百ドルは、人工妊娠中絶の非合法化や、人種差別問題にからんだ強制バス通学の廃止や、学校教育において進化論のかわりに聖書の天地創造を教えることを要求する政治運動に注ぎ込んだ。」このジェリー・ファルエルは1980年に大統領戦において共和党のロナルド・レーガンを支持し当選に貢献したことにより、政治の世界に強い影響力を持つようになったことでも知られている。

フランク・サッパの反PMRC運動

前述のティッパー・ゴアやスーザン・ベーカーらによる1985年の公聴会は、決して話し合いの場などではなく、ヘヴィメタルの有罪が前もって決定されている異端審問とも言うべき場ではあったが、それでもアーティストたちは敢然と立ち向かった。前述のトゥイステッド・シスターのディー・スナイダーなどヘヴィメタル界からの参戦はもちろんのこと、ここで重要な役割を果たしたのがフランク・ザッパである。

フランク・サッパは、ジャズやロックといったポピュラーミュージックを主戦場としながらも、フル・オーケストラの楽曲を作曲したり、フランスの現代音楽界の重鎮ピエール・ブーレーズと共演したりするなど現代音楽の作曲家たちにも尊敬されている、20世紀の前衛音楽の一角を担ったアーティストである。彼のバンドで演奏し彼を師と仰ぐミュージシャンにエイドリアン・ブリュー、スティーヴ・ヴァイやチャド・ワッカーマンなどがおり、アメリカのポピュラーミュージック界に強い影響を持っていた。また、次から次へと新作を発表し続けた極めて多産なアーティストとしても知られている。

複雑な楽曲と高度な演奏能力故にミュージシャンの間では評価の高いザッパではあるが、辛辣な風刺やド直球の下ネタがあふれんばかりに並ぶ歌詞は、確かに万人向けとは言い難い。また、政治的かつ性的に過激な内容を誇る歌詞が歌われるザッパの楽曲は前述のPMRCがリストアップした15曲に入っていない。にもかかわらず、ザッパは狂信的なキリスト教信者と保守的な政治家に対する闘争の先頭に立って弁舌をふるったのである。

このようにザッパは芸術だけはなく、政治活動にも大変熱心なミュージシャンであった。何より、晩年の彼が民主党から大統領選に出馬しようと真剣に準備していたことは有名である。ザッパは選挙運動に自らのコンサートを活用した。アメリカは成人になると自動的に選挙権がもらえるはではなく、役所に選挙人登録をして始めて与えられる仕組みになっている。民主党の支持層にはそのような制度を知らない貧しい人々が多く、選挙戦はまず選挙人登録をする人を増やし票田を増やすところから始まる。ザッパは自らのコンサート会場に役所から選挙人登録スタッフを派遣させ、観客に対して途中休憩の時間に選挙人登録を済ませ選挙では民主党に投票するように訴えたのだ。近年、バラク・オバマ元大統領が選挙戦でネットを使い票田を開拓していったことが思い出される。

ザッパは公聴会の後、そこでの政治家やミュージシャンの演説をコラージュした作品「ポルノウォー」をレコーディングし、1985年11月にはこの楽曲を中心に据えたアルバム『ミーツ・ザ・マザーズ・オブ・プリヴェンション(フランク・ザッパ、防除の母に会う)』を発表する。

このアルバムジャケットにはRIAAの「ペアレンタル・アドヴァイザリー」のスッテカーを模してある「警告/保証」と題した文言が印刷されているのだが、そこにフランク・ザッパのPMRCへの対決姿勢と風刺精神を見ることができる。ここでは特にその中から、以下の言葉を引用してみたい。

この保証はロック・ミュージックに攻撃を仕掛けてくるヴィデオ原理主義者の脅迫と同じように真に迫るものです。彼らはアメリカを(イエス・キリストの名において)郵便物をチェックする馬鹿者の国に変えようとしているのです。もし地獄があるなら、地獄の業火が持っているのは私たちはなく、彼らです。

ザッパがプロテスタント原理主義を標的としているのがわかるだろう。

残念ながら、ザッパの大統領候補への夢は癌の発病により頓挫してしまう。そして1993年52歳でこの病のためにこの世を去る。

黒木朋興(くろき・ともおき)
[出身]1969年 埼玉県生まれ
[学歴]フランス国立ル・マン大学博士課程修了
[現職]慶應大学等 非常勤講師
[専攻]フランス文学 比較修辞学 大学評価
[主要著書]『マラルメと音楽 ―絶対音楽から象徴主義へ』(水声社、2013年)『3・11後の産業・エネルギー政策と学術・科学技術政策』, 日本科学者会議科学・技術政策委員会編(共著 八朔社、2012年),『グローバリゼーション再審ー新しい公共性の獲得に向けてー』(共編著 時潮社、2012年), Allégorie(共著 , Publications de l'Université de Provence, 2003)