ロックと悪魔 第二十四回 メタル狩りとの闘争3黒木朋興

法闘争へ

ヘヴィメタルに対する抑圧は法廷に持ち込まれることになる。

1988年、カルフォルニア州のロサンゼルスでケネス・マケンナという検察官がオジー・オズボーンを訴える。ある少年の自殺の原因がオジー・オズボーンの「自殺志願」という曲にあるというのだ。確かに、少年の遺体の横にあったレコードプレイヤーにはオジー・オズボーンのライブアルバム『悪魔の囁き(Speak of the devil)』がかけっぱなしなっていたようだ。しかし、このアルバムはブラック・サバスの楽曲だけで構成されており、問題の「自殺志願」は収録されてはいない。

この検察官はサブリミナル効果によって、オジー・オズボーンがこの少年の自殺を後押ししたという主張を繰り広げた。この曲の中の「自殺 suicide」という声が録音されている部分を逆再生すると「銃を手に取り、撃て get the gun and shoot it」というメッセージが現れると述べ立てたのだ。歌声と歌詞が少年の背中を押して自殺を誘発したとしてオジー・オズボーンの責任を問い、ヘヴィ・メタルを悪魔の音楽として弾劾したのである。

実際、歌詞や文学作品の中に「銃を撃て」という表現があったにせよ、それはあくまでも創作上の表現に過ぎず、実際に殺人や自殺を促しているなどという意見はとても現実的とは思えない。

そもそもこの曲で歌われている自殺とは飲酒のことである。アルコール中毒は死に至ることもある恐ろしい病であり酒を飲むこと自体が緩慢な自殺行為に他ならない、というのがこの曲の趣旨なのだ。実際「ワインは良いが、ウイスキーの方が早い/自殺は酒を使うとゆっくりだ」と歌うオジー・オズボーンは、ボン・スコットという友人の命を奪い、オジー自身も死ぬ一歩手前まで追い詰めたアルコール中毒という病の惨さを訴えているのである。自殺の勧めなどとは程遠い。

当然、裁判所はこの荒唐無稽な訴えを斥けた。ところが、ケネス・マケンナはこの裁判により、ヘヴィ・メタルハンターとして有名になった。その意味で、彼にとっては勝ちに等しい敗訴となったのである。

オジー・オズボーンの次にケネス・マケンナの標的になったのは、ジューダス・プリーストであった。1991年ネヴァダ州のリノで裁判が開かれる。ここでも彼は2人の少年の自殺がジューダス・プリーストの楽曲に誘発されたものだと理屈をこねる。この時も、ケネス・マケンナは歌詞を直接取り上げることはなく、録音を逆再生する時に現れる隠れたメッセージを根拠とした。当然、訴えは斥けられる。

裁判には負けたものの、ヘヴィ・メタルのアーティストとそのファンは何やらいかがわしい集団だという印象を拡散するには十分であった。特に、キリスト教プロテスタントの福音派を中心に保守を自認する人々の注意を引くには十分だったのである。

こういった保守派の人間は、カルト撲滅という旗印を掲げて運動を展開していったわけである。しかし、サブリミナル効果を根拠に特定の音楽に非難の声を浴びせる彼らとヘヴィ・メタルのミュージシャンとでは、カルトと見なされるべきなのはどちらなのだろうか? 実際、このような荒唐無稽な主張する人間は、ロックの敵だけではなく芸術全般の敵と見なすべきではないだろうか? しかしここでの問題は、このような馬鹿げた主張が一定数の人間に受け入れられる社会があるということと、その国が先進国の一角をなしているという事実である。

ウェスト・メンフィス・スリー

ケネス・マケンナの起こした裁判は敗訴となった。しかし、裁判闘争を通した宣伝効果は絶大であり、アメリカ社会の特定の人々にヘヴィメタルは危険であるという印象を確実に刷り込んでいった。そしてついに、1993年アーカンソー州ウェストメンフィスで惨たらしい殺人事件が起こり、その事件の裁判の結果、翌年の春におぞましい判決が下された。

1993年5月5日、8歳の3人の男の子、スティーブ・ブランチ、マイケル・ムーア、クリストファー・バイヤーズの捜索届が出される。翌日の朝、ロビンフットの丘の小川で3人の遺体が発見された。裸で手首と足が紐で縛られ、体には無数の傷があった。特に、クリストファー・バイヤーズの遺体の状態はひどく、頭には打撲傷がありペニスと睾丸は切り取られ、お尻の穴は広がっていたことが検死報告書に記されている(http://www.autopsyfiles.org/reports/Other/west%20memphis%20three/byers,%20christopher.pdf)。少年はレイプされたということであろう。

容疑者としてダミアン・エコールズ、ジェイソン・ボールドウィン、ジェシー・ミスケリーJr.という3人のハイティーンの少年が逮捕された。その中でも、ダミアン・エコールズが主犯とされた。嫌疑の理由は、彼らがメタリカのファンで黒いTシャツを好んで身につけ、オカルト関係の書物を読んでいたからというものであった。警察はまず最初に知的判断レベルに問題があり証言の信憑性が疑われるジェシー・ミスケリーJr.の取り調べを行い彼に自白させ、それを基に他の2人の逮捕を行った。この自白は裁判でも証拠採用されたが、彼は取り調べの後すぐに撤回しており、強引な取り調べがあったものと推測される。具体的な物証はなにも見つからなかった。にもかかわらず、検察は裁判で殺害は悪魔の (Satanic) 儀式の一環であったと主張したのである。(https://www.nytimes.com/1994/02/05/us/youth-is-convicted-in-slaying-of-3-boys-in-an-arkansas-city.html

彼らは有罪となる。1994年2月、ジェシー・ミスケリーJr.には生涯+40年の刑が下され、1994年5月にはダミアン・エコールズに死刑、ジェイソン・ボールドウィンに終身刑がそれぞれ申し渡された。それに対して、スラッシュメタルの雄メタリカのメンバーをはじめ、俳優のジョニー・デップなどが彼らの支援に立ち上がる。

しかし彼らの有罪は覆らなかった。彼らは裁判で無罪を主張していたにもかかわらず、有罪が確定する。しかし、実際に刑は下されることはなく、10年の執行猶予がつき彼らは釈放となる。もちろんこれにはからくりがある。ダミアン・エコールズの死刑執行が間近に迫るという状況の下、彼の生命を救う代わりに罪を認めることを迫られたのである。つまり、彼らは自分自身と友人の生命を引き換えに、有罪判決を受け入れたのである。

この事件が示唆することは、アメリカでは決して少なくない人々が、悪魔を崇拝することがそれだけで断罪するに値すると考えているということだ。このような社会ではたとえ物証がなくても、悪魔崇拝者に対して有罪判決を下すことが可能だ。悪魔を奉じること自体が罪なのである。

改めて確認しておこう。すべて人間がそうではないにせよ、福音派と呼ばれるプロテスタント保守層の人たちにとっては、世界を創造した神とそれに反抗する悪魔は、決して想像上の存在ではなく、現実の存在なのである。

セックス・ドラック・ロックンロール

ロックの中でも悪魔趣味の強いヘヴィ・メタルだけではなく、代表的なカウンターカルチャーの一つであったロックミュージックは、全般的に、アメリカにおける保守勢力の恰好の攻撃の的となる。自らのセンスと才覚を武器に社会の底辺からのし上がり、支配階層の欺瞞に対して決定体なノーを叩きつけるロックミュージシャンが、保守陣営と対立するのは必然であった。この時代のカウンターカルチャーをスローガンとして知られているのが、イギリスのパンクミュージシャンであるイアン・デューリーの曲名から採られた「セックス・ドラック・ロックンロール」である。ただ、この文言はミュージシャンの側が積極的に掲げたというよりは、むしろファンの方が自分たちの思いをこの文言に投影していたという方が正確だろう。

 性に対して開放的で、いつ死んでも構わないとでも言うかのように、ドラッグやアルコールに溺れる生活を送るミュージシャンがいたことは事実だ。ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリンやジム・モリソンなど、偉大な軌跡を音楽史に残しながらも若くして生命を落とした才能豊かなアーティストたちの生き様は、まさにこの時代のカウンターカルチャーの象徴となった。刹那的な人生の代償として、この時代を生きた少なくないミュージシャンが伝説となった。

 死は免れたものの、ヘヴィ・メタルの帝王オジー・オズボーンもアルコール中毒に散々苦しんだ。また、彼は記者会見の時にジャーナリストたちの前でいきなりマスターベーションを始めたという逸話もあり、ロックミュージシャンには、薬物に対しても性に関しても、常識を超えた人生を送っているという印象が付きまとう。

 まさに「セックス・ドラック・ロックンロール」のスローガンで彩られるロックミュージシャンの生き様は、反体制を掲げる若者の憧れになると同時に、保守的なキリスト教徒にとっては攻撃の的となったのだ。もちろん、保守陣営を挑発するためにデカダンで堕落した生き方を強調する、という意図がミュージシャンの側になかったわけでないだろう。

 また、アメリカ社会においては、ドラッグだけではなく酒に溺れることも、白眼視の対象になる。アメリカは20世紀初頭において禁酒法を施行した国であることを思い出しておきたい。アメリカ第43代大統領のジョージ・W・ブッシュ氏は、イラク戦争を開始したことで批判されることも多いが、アメリカで彼は「四十歳でキリストに目覚め、それまでのアルコール依存症を克服した」ことで尊敬を集める存在であるということもまた事実なのだ。ブッシュ氏のように、成人になってから意識的に信仰を深め覚醒した人間は「ボーンアゲイン(新生/生まれ変わり)」と呼ばれ、この言葉、ボーンアゲインは福音派と同義で使われることが多い。このブッシュ氏の逸話から、アメリカの保守層においてアルコールが目の敵にされているのが分かるだろう。前回、トゥイステッド・シスターのディー・スナイダーがPMRCの公聴会で「信じようが信じまいが、私はタバコを吸わず、お酒も飲まず、ドラッグもやりません」と述べたことを紹介したが、この文句はドラッグやアルコールを過剰なまでに問題視するアメリカの保守層を意識したものであったということを改めて確認しておきたい。

黒木朋興(くろき・ともおき)
[出身]1969年 埼玉県生まれ
[学歴]フランス国立ル・マン大学博士課程修了
[現職]慶應大学等 非常勤講師
[専攻]フランス文学 比較修辞学 大学評価
[主要著書]『マラルメと音楽 ―絶対音楽から象徴主義へ』(水声社、2013年)『3・11後の産業・エネルギー政策と学術・科学技術政策』, 日本科学者会議科学・技術政策委員会編(共著 八朔社、2012年),『グローバリゼーション再審ー新しい公共性の獲得に向けてー』(共編著 時潮社、2012年), Allégorie(共著 , Publications de l'Université de Provence, 2003)