ファッションから見た映画と社会
連載第7回 ジェイムズ・ボンドはなぜ「男の永遠のあこがれ」なのか その1
助川幸逸郎

〇ショーン・コネリーでもダニエル・クレイグでもなく「ジェイムズ・ボンド」 映画の007シリーズが始まってすでに半世紀。「ジェイムズ・ボンド」は、世界中の男性にとって、いまだに「自分のなりたい理想」です。 私の知りあいに、 … 続きを読む ファッションから見た映画と社会
連載第7回 ジェイムズ・ボンドはなぜ「男の永遠のあこがれ」なのか その1

楽しく学ぶ倫理学 第13回 功利主義の可能性と限界田上孝一

これまで8回にわたって西洋古代倫理学の歴史をたどってきた。倫理学の原型を確かめるためであった。そして確かに、古の教えはしっかりと現代の倫理学に継承されている。この成果を踏まえて、これからは現代の倫理学について論じていきた … 続きを読む 楽しく学ぶ倫理学 第13回 功利主義の可能性と限界

アゴラまでまだ少し 第9回
歪んだ鏡を覗き込むとき
葛生賢治

夜の闇に消えた後ろ姿 10歳の頃だったか、夜遅く、僕は家の2階にあるベランダに出て秋の夜の冷たい空気にあたりながら、前の道を何気なく見下ろしていた。80年代の当時、我が家は東京の下町で小さな割烹料理屋を営んでいて、商店街 … 続きを読む アゴラまでまだ少し 第9回
歪んだ鏡を覗き込むとき

娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―第7回
戦うヒロインのその後―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』(六)
石井宏明

前回、安公子が娶る三人の女性について述べました。今回も引き続き、十三妹と安公子の婚姻までの過程を中心に見ることにします。 3.安老爺の思い もともと、十三妹と安公子を結婚させたら、十三妹のためにやったことが、まるで息子に … 続きを読む 娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―第7回
戦うヒロインのその後―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』(六)

ロックと悪魔 第9回 宗教戦争以降の悪魔黒木朋興

前回は、宗教戦争においてプロテスタントがローマ法王を悪魔と見なしたことによって教会すらもアンチキリストになり得るという発想が生まれ、その結果、それまでカトリックが徹底して拒絶してきた善悪二元論のキリスト教思想に入り込み、 … 続きを読む ロックと悪魔 第9回 宗教戦争以降の悪魔

楽しく学ぶ倫理学 第12回 禁欲と義務(西洋古代倫理学小史その八)田上孝一

エピクロスは快楽の量と質を測り、結果的にはむしろ苦痛のない状態こそがアタラクシアをもたらすと考えて、肉体的な快楽を積極的に追求するのではなく、精神的な快楽を重視した。その意味で、エピクロスの方法論は、後世のベンタムを全く … 続きを読む 楽しく学ぶ倫理学 第12回 禁欲と義務(西洋古代倫理学小史その八)

アゴラまでまだ少し 第8回
弾かれたビーズ、カーテンを開けるジュゴン
葛生賢治

「世界」が終わるとき また個人的な話から始めてみようと思う。 僕がもともと哲学に興味を持ったきっかけは、中学生時代の英語の授業での出来事だった。今でこそ小学生のうちから我が子に英語を学ばせる親が多いが、僕が子供のころにそ … 続きを読む アゴラまでまだ少し 第8回
弾かれたビーズ、カーテンを開けるジュゴン

ファッションから見た映画と社会
連載第6回 オードリーとその恋人たち~その6~
助川幸逸郎

○オードリーが「時代」とすれちがうとき 1967年、オードリーは、スタンリー・ドーネン監督の『いつも2人で』に主演します。 彼女がドーネンの演出を受けるのはこれが3回目。前の2作は、『パリの恋人』と『シャレード』です。い … 続きを読む ファッションから見た映画と社会
連載第6回 オードリーとその恋人たち~その6~

ロックと悪魔 第8回 プロテスタントと善悪二元論黒木朋興

前回はそれまで多くの宗派がカトリック教会に異端として弾圧され潰されてきた中で、聖書の翻訳と活版印刷技術によってカトリックに対抗しうる地位を確立した様を述べた。今回は、その中から神と悪魔の善悪二元論という発想がプロテスタン … 続きを読む ロックと悪魔 第8回 プロテスタントと善悪二元論

アゴラまでまだ少し 第7回
山田さんの耳に届く鳴き声は
葛生賢治

ちょっと個人的な話から始めてみる。 僕は今でこそ言葉を操って生きてるような人間だが、子供のころは言葉との折り合いがあまり上手くいかない生活を送っていた。親が語るところによれば、僕は3歳ぐらいまで言葉が喋れなかったそうだ。 … 続きを読む アゴラまでまだ少し 第7回
山田さんの耳に届く鳴き声は